2006年06月04日

ダヴィンチ・コードに秘められた真実―映画『ダヴィンチ・コード」より

ブログを引越しました。こちらでお楽しみください。
このページは自動的に遷移します。遷移しない場合は『 はてなブログ:ダヴィンチ・コードに秘められた真実―映画『ダヴィンチ・コード」より』をクリックしてください。


映画『ダヴィンチ・コード』を見てきました。

監督は『ビューティフルマインド』や『アポロ13』、また現在ではちょっと前にはやっていた『24』なども撮っているロン・ハワード。
いろいろと絵画に秘められたミステリーが際立って目立っている映画ですが、私の見解はこの映画はイランなどの中東やもちろんアメリカなどに向けたメッセージの様な気がしました。


続きを読む
posted by norizou at 23:06 | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2006年05月10日

やっぱりあるよね、映画にも歴史って 『Nouvelle Vague(ヌーヴェル・ヴァーグの奇跡)』のメモ

ブログを引越しました。こちらでお楽しみください。
このページは自動的に遷移します。遷移しない場合は『 はてなブログ:やっぱりあるよね、映画にも歴史って 『Nouvelle Vague(ヌーヴェル・ヴァーグの奇跡)』のメモ』をクリックしてください。

以前から映画史には興味を持っていた。といっても漠然とした知識しかなく、書店に足を運んでも大半の映画関連の本は批評物しか置いていない。
だからいままで知ることができなかったのか。

結構自分では映画を見ているつもりだったが、この本とであって自分の無知さに驚き、恥ずかしくなってしまった。会社の人が元映画関系の人で、この本を借りることになった。

はっきりいってまったく未知の世界。ゴダール、トリフォー、名前は聞いたことがあるが作品は一本も見たことがない。「わけが分からない」という話は聞いている。そのためにこの本を借りて挑戦していこうと決意した。

ヌーヴェル・ヴァーグ(新しい波)以前の映画と以後の映画ではまったく違うというくらいこの時代の映画は画期的で斬新だったそうです。ホントすみません、冒頭の60Pくらいまで読んだのですがまったく理解できず、ヌーヴェル・ヴァーグが何なのかも伝えられません。

この60Pを読んで一つ思ったのは、絵画の世界などと同じ用に道具の発達と文化の発展は非常に密接に関わっていることです。
ゴダールの下りでも、彼がフィルムからビデオに写るときなどの実験的な手法を取り上げています。

そして、また今の映画にはない哲学的要因が多く比喩されていることに驚きます。確かに製作者というものは自分の作り出すものに対して全てに意味やストーリー性を持たせます。その製作者のレベルが高ければ高いほどその傾向は強くなるように思います。

この本を読んで、改めて再認識されました。自分の今までの映画の見方はやはり表面的なストーリーを追っていて映画本来の意図を汲み取ることを忘れていた気がします。

何かの映画のなかでタランティーノが映画「トップガン」のことをゲイの映画だと話しているシーンがあります。ラストのクライマックスで教官の飛行機と前を飛ぶとトムルーズの飛行機のシーンがあり、ここがまさに後ろから飛行機という比喩を使ってゲイを表現しているっと力説していました。

確かに、そうとも解釈できる。
映画って本と面白いですね。
posted by norizou at 02:48 | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2006年05月01日

映画「誰も知らない」追記(「iFinder 雑読乱文」より)

ブログを引越しました。こちらでお楽しみください。
このページは自動的に遷移します。遷移しない場合は『 はてなブログ:映画「誰も知らない」追記(「iFinder 雑読乱文」より)』をクリックしてください。

タマコさん、j-coさん、コメントありがとうございます。
ちょっと自分なりに興味がわいたてあの映画の続きが知りたかったので調べてみました。
そうしたらこちらのブログで細かく調べてくださってましたので、勝手ながらリンクをはらせてもらいました。
http://ifinder.jugem.cc/?eid=190

現実は映画よりも厳しく、理想と現実のギャップを感じました。
確かに、j-coさんの言っている事は正しいと思います。

多分、素直に子供への責任を親は果たさないといけないのだと思います。責任というほど大きなものなのか、親になっていない私が言う事ではないとおもうのですが、、、
正直、いろいろな事を考えさせられました。

今は、甥や姪にたいして客観的なかわいさしかもちません。一緒に生活をしている訳でもなく、彼ら彼女達の成長を見守っているという主観的な立場でもない。単純に何かの当事者にたいして「がんばって」という客観的な意見しかいえない立場です。

だから、実際何も言えないんだと思うんです。といっても知ってしまったのだから言いたくなるのは当然です。
女という立場でもないし、親でもない人間からしてみても複雑な心境にさせられる映画です。
でも、j-coさんの言う通り捨てた男には何にも被害がないのが不思議ですね。

男も勝手につきあって子供ができ、勝手に捨てていく。事件の表面だけみていると全く見えてこない部分に男の影がある。本当の原因は男にあったのではないかな。自分はこの立場に立てる人間です。捨てた男が悪いのか、選んだ男が悪いのか。

つきあった女性に子供ができ結婚して、つかれたから別れる。男の事情って何でしょう?お互いが成長過程だったから?女が勝手に子供を産んだから?
だけど、実際、こんな思いで男である自分を考えたのは初めてな気がする。
普段なら、「まっそんな生き物だよね。」って言い切ってい、それが良しとされるけど。

「良し」じゃないよね、実際。あまり自分を男として認識していなかった事に気づかされる。
たぶん、自分の中に「男足る物は、、、」みたいな心情は、道を究める事にあるような気がいつもあるんだよね。

じゃ、彼女は?奥さんは?子供は?って言われてしまうとどうもピンとこない。筋から言えば面倒(?)をみるのが当たり前だけど、、、、
一つ言えるのは、「do the right thing」正しい事をしろって思う事

だめだ!今の自分には考えられない。
彼女を作って、結婚して、子供をつくって考えます。
posted by norizou at 23:50 | TrackBack(1) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする