2006年02月11日

絵画への誘い『レイアウトの法則/佐々木正人』

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レイアウトの法則―アートとアフォーダンス久しぶりに、いろいろな事を書きたいと思いPCを立ち上げました。
昨日朝まで飲んで、夜の7時に起床し、ラーメンを食べ、今に至っています。アルコールが入っているなか止まっていたブログが気になり記事の内容を考えています。

この本を読んでいて幼い自分が描いていた画家への妄想はとても浅はかな物だと気づかされました。
本の内容はジェームス・J・ギブソンにより生み出され生態学の立場から知覚を解説している物です。
まだ、前半までしか読んでいないのですが、今までの自分が思ってい絵画・芸術への思いが一変しました。特に印象派に対する気持ちは大きく変わりました。

16世紀、レオナルド・ダ・ダビィンチにより生まれた空気遠近法。対象が遠ざかるほど対象の色を薄くして遠近感を生み出す。その表現方法で表現しようとしたのは、対象との色(光)による距離感でした。しかし、その後、モネ、ゴッホ、セザンヌに代表される印象派達の表現は色を使い光そのものを表現する事で、対象の存在感表現しました。

その後、画家達は時間により刻々と変化して行く光の様を一つのキャンバスで表現しようとしていきます。それがキュビズと呼ばれる時代です。僕はどちらかと言うと、平凡な風景を描いている印象派の主題よりもアグレッシブに挑戦しているキュビズムなどの方が心に残っていたのですが、この本のおかげて印象派の作品に興味を持ち始めました。

やがて絵画の方向は画家の内面を表現していく物に変わって生きました。では、なぜ認識学、生態学が絵画にひもずくのか。ギブソンの考えの生態学的知覚の考えでは光は包囲光と呼ばれる物で、ケプラーやデカルト以降の光学者たちのエネルギー線としての光刺激とはまるっきり違った物でした。

光源から発せられた光は周囲の表面に衝突して多方向に散乱反射を起こす。太陽からまっすぐはいった光は地球の環境で散乱光になる。結果として光が満たす状態になる。この状態を「照明」とよび、この光の事実を包囲光とよんだ。そして、包囲光は視覚の資源であると言える。

また、光にはこの散乱する対象の情報も含まれている。それは私たちには色として認識され、特殊な装置持っているカメレオンや一部のイカになどにはその情報を表現できる能力がある。

なんかまとまりのない文章でしたが、また続きが書きたくなったら書きます。
posted by norizou at 22:23 | TrackBack(0) | 芸術関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2005年03月27日

美術史の根源-『芸術学ハンドブック』メモ1

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芸術学ハンドブック絵画の起源は、ある娘がが旅立つ恋人との別れを惜しんでそのシルエットを壁に移し取ったのが始まりであるとされている。
古代ギリシャでは芸術は対象をうつし、自然を模写する「模倣の技術(ミメーテカイ・テクナイ)」といわれた。
プラトンは模倣する対象は何の知識も必要としないとされ、「理想国家」から芸術家を追放した。

このプラトンの考えは当時のギリシャ哲学へのプラトンの考えが反映されている。
プラトンは永遠に不変なものを求め続けたその考えは自然界を超えたもので、そこに目をむけない模倣の技術などはプラトンにとって興味の対象ではなかったと考えられる。

美学をはじめて基礎づけたのはバウムガルテンである。彼は美学の定義として「自由技術の理論、下級認識論、美的思惟の技術、擬似理性の技術」であると述べている。
この「自由技術」が今日でいう一般芸術観念に相当する。
そして美術を「自由技術」の境域にまで高めたのがルネサンス期の作家たちである。

古代ギリシャからルネサンスまでの間、詩や音楽以外の絵画や彫刻家、諸工芸は職人としてでしか扱われなかった。
チェンニーノ・チェンニーニは「知に至る第二位の段階」に位する技術とみなされていた称している。そして、レオナルド・ダ・ヴィンチは「美術は技術と同時に不可視のものを生み出し、存在しない物をあたかも現実のごとくに表し、備えるファンタジーの技を必要とするものである。」と述べている。
このレオナルドの望みは後にアカデミーの設立により叶われ、画家は職人の身分を脱却し学者に準ずる社会的地位にまで上る。

ここで言える事は芸術が哲学と密接に絡んでいる事だ。しかしなぜ、詩や音楽の方が先に受け入れられていたのかが疑問に思う。
ギリシャ彫刻は非常に洗練されている。今のへぼな彫刻家よりも美しフォルムを作っている。しかしそれが自然の模倣に過ぎないという理由で職人扱いを余儀なくされていた。
という事は、想像が重視されていたのは詩や音楽のほうであったということになる。

つまりどんな時代においても人の物まね、それが自然という人工物以外のものでも、人は下等と認識してしまう問い事なのだろう。
詩と音楽の歴史を調べる必要があるのかな?
posted by norizou at 22:20 | TrackBack(0) | 芸術関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする